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友人であるための条件とは?

その人を尊敬できるということはその人が友人であるための十分条件に過ぎない。

今日は久しぶりの雨、そして寒い一日だった。出かけることを諦めてぼんやりと過ごしていたのだが、ふと「友人の条件ってなんだろう」なんてことを思いついた。自分の周りにいる友人の顔を一人ひとり思い浮かべてみる。まずは出会いがあり、初めは当たり障りのないおつき合いから。そのうち自分にない魅力に気づいて、それに感動するところで一歩前進。それは仕事の能力や何かに一生懸命に取り組んでいる姿であったり心の優しさや強さであったりと何でもよかった。ただし、それが一方的なものであってはいけない。相手にも自分を理解してもらい一定の評価を得ることが大事である。そうすることで対等なつき合いができる。

しかし、まだ必要条件を満たすには何かが足りない。そう、それは相手に対する気遣いの能力ではないかと考えた。それらがごく自然にできる人と一緒にいるのは心地良い。ごいさんもそれを一番気にかけているところだ。だが、誰に対しても気を遣えるなんてそうそうできるものではない。付け焼き刃ではできないしろものだしね。そんなことを言ったらみんな友人の資格なんかないではないか。確かにその通りで、そんな完全な人はいないと思う。だからここは一歩譲りましょう。お互いに少しでもそういう気持ちが感じられればいいぐらいにね。自分のことの前にまずは相手のことを思いやれるそんな優しさを持った人、そんな人となら友情という感情が芽生えるのも時間の問題だ。

お互いに尊敬できて気遣いができる、それが友人であるための必要十分条件である。小一時間ほど考えていたら眠くなってきたこともあって、そんな結論に落ち着かせてみた。

ぼんやりとそんなことを考えていたら、最近の自分自身はその条件を満たしていないような気がしてきた。友人の欠点が大きく見えてしまうことが時々あって、それを許せない自分がいる。多くの仲間とつき合っているけれど、必ずしも意思疎通がうまく行っていないように思うこともある。このまま友情関係が壊れてしまうのもありだろうかとも考える。そんなことを思ったら、ずいぶんと冷たい自分が見えてきた。ちょっと自己嫌悪。自分を友人だと認めてくれる人はみんな友人なのだと思いたいのだけど、まだまだ人間ができていないよなあ。

最後は今日のお天気みたいな気分。でも自分にとって友人は必要だし、だからこそ良き友人であり続けたいと思っている。それは真。

 

ごいさん登場。太い眉毛と垂れている目はそっくり。昔々、生徒が描いてくれました。f:id:goisan:20151109005258j:plain