品川宿から旧東海道を歩く

昨日は最後に一緒に担任をした先生たちの集まりがあって、メンバー8人全員が集まった。この集まりは年に3回あるのだが、春の集まりはどこかに出かけるというのが約束事のようになっている。そして担当はいつも社会の先生のS野さんなのだ。あちこちを歩き回るのが趣味で、知識も実に豊富だ。その彼が今回提案してきたのは、品川宿から大森海岸までの旧東海道を歩くというものだった。

品川と言えばあのゴジラが初めて上陸したところ。山手線1番ホームにゴジラのプレートがあるというので見に行ったのだが見つからない。駅員さんに一緒に探してもらってもやはり見つからない。別の駅員さんに聞くとホームの工事で取り外したのではないかと言う。工事が終わればまた設置されるだろうということだった。少しばかりがっかりもしたが一生懸命に探してくれた駅員さんには感謝です。

11時に全員集合したところでいざ出発。まずはゴジラの破壊物第1号となった八ツ山橋を渡る。そこから旧東海道を歩くのだが、ここの商店街は電線の地中化に伴って電信柱が消え見晴らしのよいお洒落な街並みになっている。昔ながらのお店もあって見ているだけで楽しめる。

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土蔵相模跡では高杉晋作伊藤博文ら幕末の志士らの熱い思いを感じ、品川神社では富士塚登山を体験。と言っても頂上まで約2分のミニ登山だ。それでも頂上からの眺めは最高だった。汗もかかなかったけど富士山に登ったのと同じご利益があるとのこと。神社の裏には板垣退助のお墓があり、その横には「板垣死すとも自由は死せず」という言葉を刻んだ碑も建っていた。

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お昼をS野さんお目当ての「大むら」というお蕎麦屋さんでとった後、沢庵和尚のお墓へと向かう。お墓は台座にたくわん石のような石が置いてあるだけの実にシンプルなものだった。ここは新幹線と横須賀線、それに京浜東北線東海道線に挟まれていて、電車がひっきりなしに通る。そうか、それで鉄道の父と呼ばれる井上勝のお墓もここにあったのかと妙に納得……した。

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また旧街道に戻ってお寺を巡りながら先に進む。鮫洲駅を過ぎて勝島運河の土手を歩く。桜はまだまだだったが、代りに菜の花が美しく咲き誇っていた。浜川砲台跡を見て立会川駅前へ。ここには若き日の坂本龍馬像がある。確かに顔も若くてまだブーツも履いていなかったよ。

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さて浜川橋を渡って最後の見学地の鈴ヶ森刑場跡に向かう。この浜川橋は涙橋とも言われ罪人と家族が涙ながらに別れた場所だという。鈴ヶ森刑場跡には一種独特の空気が漂っている感じだった。八百屋お七が生きたまま火炙りの刑に処された場所を見て自然と身震いがしてくるのだった。

この後は電車で大森海岸駅から川崎駅に出て親睦会と相成る。気持ちもどうやら回復して、いつものようにいろんなことを語り合った。4ケ月ぶりだから話すことも盛りだくさん。それに3月は異動の季節だからその話題も多かった。このメンバーでの語らいは聞いているだけで十分楽しい。そして安らぐ。次回も全員揃って会いたいね。