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初めての離任式の思い出

昨日、学校では離任式と退任式が行われた。ラン仲間のS田さんもいよいよ定年退職だ。もちろん年金が出ないからあと5年はフルで働くと言う。そんな感じだからここで退職という感覚はないのかもしれないけどね。

離任式と言えば、ごいさんも6回の離任式とそして退任式を経験した。それぞれに思いがあるが、やはり最初の離任式が忘れられない。それは別れの儀式だったけど、ごいさんの先生としてのスタートラインでもあったから。

その時、ごいさんは2年生の女子クラスの担任だった。この学校は職業高校だったので2、3年とクラス替えもなく担任も変わらない。前にも書いたが、この頃のごいさんは先生を続けていくか迷っていた。そんなごいさんでも慕ってくれる生徒がいたからそれを励みに頑張っていられたのだと思う。

10月に入って、クラスで生徒指導の事件が立て続けに起きた。さすがに落ち込んだ。そんな時に新しい学校の校長先生からうちに来ないかという誘いがあった。進学校を作るのだという。それを聞いて渡りに船とばかりに一も二もなく了承した。そうなってますますクラスの子から心が離れたのかもしれない。12月の芸術鑑賞会の時だった。演奏の最中にいつものグループの子たちが音を立ててものを食べ始めたのだ。演奏会が終わった後、生まれて初めてと言っていいくらいの感情で彼女らを叱った。その日は一睡もできなかった。

翌日、朝のホームルームに行く。その子たちは来ていないだろうと思って教室に行くと、すでに彼女らは席に座っていた。それからしばらくは会話することもなかったが、彼女たちの行動は変わっていった。遅刻もなくなり掃除もやるようになった。それに授業にも取り組むようになった。クラスの雰囲気も良くなり、成績も上がり出した。先生たちも口をそろえて褒めてくれる。初めて先生としての喜びを味わえたような気がした。

本来なら3年生になってもこのまま受け持つはずなのだが、1月の終わりに異動の内示があった。もちろん異動先はあの新しい学校だ。やがて3月になり終業式の日を迎える。連絡を終えて帰りの礼をする時だった。ごいさんが一番頼りにしている学級委員の子が「先生は来年も私たちの担任ですよね。」と聞いてきた。なんと答えたのか記憶にない。異動のことは4月までは言ってはいけないから、きっと嘘をついたのだと思う。

4月の離任式で、体育館の壇上から2週間ぶりに自分のクラスを見た。全員が下を向いていて、その列だけ頭一つ凹んでいた。マイクの前に立って挨拶を始めても誰も顔を上げない。最後に花道を歩く時になって、クラスの子全員がかけ寄ってきてくれた。みんなから一輪ずつ花を受け取る時、また悲しさが込み上げてきた。

この子たちとの出会いがなかったらきっと先生は続けられなかった。この子たちの面倒を最後まで見てやれなかったことが、それからのごいさんの原動力になった。そしてその子たちが歌ってくれた「贈る言葉」はずっとごいさんの応援歌だった。 

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