父の日に、父として

ごいさんは二人の息子の父親である。長男は37歳、次男は30歳になる。今日は父の日。いつもなら自分の父親を偲ぶ記事でも書くところなのだが、今日は父である自分自身を振り返ってみようと考えた。

自分が小さい頃の父親は、仕事もろくにせずに酒ばかりを飲んでいた。そんな父親が嫌いで嫌いでしょうがなかった。だから自分に子供が生まれた時、どんな父親であれば良いのか、あまりよく分らなかった。ただ、自分が悲しい思いをしてきたことだけはしないようにしよう、子供にはできるだけ関わるようにしようということだけは考えた。海水浴やスキーにも行った。お弁当も作ったし食事も作った。学校の行事や授業参観にも行った。誕生日やクリスマスなどのプレゼントも忘れたことはない。

でも子育ては難しい。自分の父親ができなかったことをそれなりにはやったつもりだが、結局は子供のことをあまり理解できなかった。もともと子供たちは話好きでもないから、会話も少なかった。それに一方的な押し付けも多かったように思う。自分が嫌いだった父親とまでは言わないまでも、子供たちに自分のどれくらいを理解してもらえたことか。ふっと寂しく思う時もある。

ごいさんの父親は49歳で亡くなった。だからそれ以降の父親像も自分で考えるしかない。父がいないということで、「居てくれるだけでいいのに」というその存在の重要性を強く感じることがたびたびあった。世の中における父親の存在価値は、まだまだ大きいようだ。頼りなくたっていい。それでも、そこに居てくれるだけで十分に価値があるのだ。そう、それこそが父親としてのごいさんのこれからの役目じゃないかと思いついた。いつも子供たちの傍に居て、静かに見守っていてあげる。大げさに書くほどに大した仕事でもないけど……ね。

今だから、なんとなく分かる。きっと自分が亡くなったら、父さんと飲みたかった、もっと話したかったって言ってくれるような気がする。特に男の子はたいがいそんなもんじゃないかと思う。ごいさんもあれほど嫌いでほとんど話をしたことがない父と、今になって酒を飲み父の本当の気持ちを聞いてみたいと思うから。父親なんてそういう存在なのだと思う。

最近は、ぼそぼそと言う子供の声に、「えっ、何だって」って聞き返すことが多くなった。耳も遠くなっちゃった。でもね、わずかな単語での会話だけど、それでもとても嬉しいのだ。男の子はそれでいいよ。それに、今の自分は何かと忙しいからそれほど子供にかまってもらわなくてもいいし、かまわれ方もよく分からない。

でも書いておきたい。「ありがとう。君たちがいてくれたから本当に幸せな人生だったんだ。二人の小さい頃の思い出は父さんの宝物だ。目を閉じればいつもキラキラ輝いている。いつになるか分からないけど、今度、ゆっくり飲みに行こう。話すことなんかなくてもいいやね。」

 

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