いずぃなりの里へ(後)
夜中の風の音が凄くて自分は時々目を覚ました。築年数のだいぶ経つこの家は大丈夫かと不安になるが、当のご主人はこれだけの物音にも全く動ぜずに爆睡している。今朝は7時に家を出て内浦漁港の朝市に行く予定なのだが、6時半になっても一向に目を覚まさない。声をかけるが寝ぼけた感じでまた寝てしまう。結局起きたのが7時半。慌てて家を飛び出した。
伊豆の朝市というのでかなり盛大なものを期待していたらさほど店があるわけでもなくお客さんもまあこんなものかという感じだった。それでも干物やシラスは旨そうだったし、野菜や果物もけっこう安い値段で売られていた。売っている人もお客さんもどちらかというとこの近くに住むお年寄りたちという感じで、観光客目当てという感じではなかった。
一度戻って、今度は湯ヶ島まで湧き水を汲みに出かける。設備の維持ということもあって、20リットル100円というお値段がついている。この湧き水、なんと半年ぐらいは持つらしい。伊豆には他にも水の湧くところが何か所もあって、安く手に入るのがちょっと羨ましい。
帰り道で、吉奈温泉に足湯に浸かりながらパンを食べられるという店があるから行ってみたいと言う。何も足湯に浸かってパンを食べることもないだろうにと思ったけど、いつも通り過ぎてばかりの吉奈温泉には興味があったから行ってみることにした。吉奈温泉はメインの道路から1キロほど奥まった所にあって、「東府や」と「さか屋」という2軒の宿が向かい合ってあるだけの小さな温泉だった。
今日のお目当てはその「東府や」の中にある「ベーカリー&カフェ」というところだ。風が寒くて足湯に浸かっている人は少なかったが、パンを購入しようとお客さんが次々とやって来る。こんなところで列ができるというのもよほどの人気店なのだろう。それに車でなければ来られないし。パンと足湯とは妙な取り合わせだけど、カップルや女性同士の中にお爺ちゃん2人というのもそれ以上に妙な感じだったかもしれない。
さて再び戻って車から水を降ろし、近い再会を約束して帰路に就く。I坂さんの大切な休日をそうそう潰しては可哀そうだ。今回も申し出は突然だった。彼がよほどでなければ断らないのを知っているごいさんは相当の悪人だと思う。夜も眠いのにつき合ってくれる。今日もあちこち連れまわしてくれたおかげでいい気分転換もできた。飲んで帰るだけとはだいぶ違う。その辺の気の遣いようも本当に嬉しいことだ。
彼は週末を自宅のある神奈川に戻って過ごし、平日はここで一人暮らしをしている。自分の思うように生きている感じがする。でも彼を羨ましいと思ったことは一度もない。彼の真似はできないし、それは彼自身の人生なのだから。何が楽しいのかは未だに分からないが、人生を楽しもうという気持ちは伝わってくる。そこに惹かれるものを感じているのだと思う。なんでもいいのだ。生きるのに懸命な人の人生は輝いていて魅力的だ。そういう人に自然と人も集まるのだと思う。
ごいさんも一生懸命生きて、そしていろんな人と出会いたい。またそんな思いを強くしたのだった。
国道246号線、裾野付近で撮影。