サッカー部顧問としての思い

先週の土曜日に、昔のサッカー部の教え子たちから飲み会に呼ばれて顔を出してきた。先生になってからずっとサッカー部の顧問をやってきたのだが、この日の彼らは44歳か45歳になる子たちだった。この子たちと出会ったのはごいさんが34歳。その学校にはすでにI谷先生という5歳年下の専門の先生がいたから、ごいさんは割と気楽な立場だった。だいたいその時のごいさんは指導者としての自信をまったく失くしていた時だった。

それは2校目の学校での顧問の時だった。ごいさん27歳の時で生徒以上に体も動き、やる気に満ちていた。生徒たちの強くなりたいという気持ちと相まって、毎日の厳しい練習が続く。ごいさんも一緒に走り、生徒の練習試合にも参加した。翌年には県大会に出場を果たし、さらにその翌年の全国選手権予選では県のベスト16に入った。神奈川県には高校が200ほどあり、強豪校も数多くあってなかなか上位には行けないのだ。

そうしてその時の1年生の有能なメンバーたちが3年生になった時、満を持して上位進出を狙うのだが、ここに強豪校が立ちはだかる。まずは4月の関東大会の予選会でのA高校。全国大会に何度も出場している名門校だ。部員数はこちらの30人余りに対して100人を超える。初めは委縮していた選手たちだったが、最初のシュートがゴールバーに当たったのを機に自信を取り戻したかのように動きが良くなって、押されながらも時に逆襲を見せるなど見応えのある好ゲームとなった。そうして後半の15分を過ぎた時だった。どうみてもファウルとは思えないプレーでPKを取られて失点してしまう。結局この1点で試合が決まり、A高校はその後も勝って神奈川を征して関東大会に出場した。

続けて5月に行われた高校総体予選で、これまた強豪のN高校と対戦する。やはり部員の数の差は歴然だ。それでも生徒たちはA高校と戦ったという自信からか真っ向勝負を挑む。しかし開始早々にまたまたPKで先行を許してしまう。一進一退の戦いで後半も残り数分となった時にドリブル突破から起死回生のシュートが決って同点に追いつく。延長戦に入っても点が入らず、タイムアップまで残り1分のところでコーナーキックからの混戦で決勝点を許してしまう。結局このN高校が高校総体の神奈川代表となった。

これだけ頑張らせても勝てない虚しさ。生徒に申し訳ない気持ちだった。休みも無く練習してきた日々。生徒を育てる限界を感じて、もうサッカーの指導を辞めようと考えた。そんな気持ちを引きずっている時に今日のこの子たちに出会ったのだった。見た瞬間に強いチームになれると直感した。そう思った瞬間、再びその世界に足を踏み入れることになる。

こういう飲み会での定番はたいがい引退試合の話だ。そうして出てくるのは悔しい思い出ばかり。なぜあの時と、ただ悔いる。それも含めて青春だったのだ。それは決して恥ずかしいことではない。一生懸命だったからこそ悔しいのだ。

ふぅ~、お酒は美味しいけど、教え子の前では酔えないのが辛い。

 

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