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親友・心友・真友

昨日、呑兵衛仲間のI坂さんから誘いがあって三島まで出かけて行った。彼は伊豆長岡の別宅を拠点に三島駅の近くにある学校で働いている。ランチで時々行く店が夜は居酒屋になるのだが、一度その店に入ってみたいという。一人では入りづらいということでごいさんに声をかけた。早速に寒風吹きすさぶ中を出かけて行ったのだが、その結果は……。その後の顛末についてはI坂さんのブログをご覧いただければと思う。
「いずぃなり」http://jijiro.hatenablog.com/entry/2014/12/17/230000

今日はI坂さんに絡んで、「親友・心友・真友」という言葉について少し考えてみた。担任をしていた時、週に1度発行していたクラス通信の中で、その言葉に触れたことがある。今の子たちにとって親友と呼べる友だちってどんな感じなんだろうと素朴に思ったからだ。そこで「親友」という文字を改めて見てみたら、他に「心友、真友」という言葉を思いついた。もっとも先ほどグーグルで検索したらこのように考えた人は他にもたくさんいるようだ。ついでに言えば「信友」というのもあった。

親友とは、友だちの中でも特に仲の良い友達。心を許せる。助け合える。そんな解釈だろう。「心友、真友」という言葉を思いついた時は、すごい発見をしたかのようにけっこう感動した。普通には親友という言葉で十分だと思うが、時には、心友、信友、真友と呼び換えるとその時々の気持ちが表れていいなあとも考える。心を許し合える友、信頼できる友、真実の友という感じだ。場面場面で使い分けるのもいいかもしれない。ただ「親友」という言葉はそれらをすべてひっくるめた感じがして、やっぱり一番ぴったりする。

ごいさんは、普段はお喋りなのだが飲み会になると聞き役にまわることが多い。飲むと饒舌になる人は案外多く、酔った人の話は聞いていてけっこう面白いからだ。ただI坂さんと飲む時は俄然ごいさんが話し手になる。I坂さんはひたすら聞き役だ。反応が速く、合いの手を入れるのも旨い。聞き上手だから、どんどん話してしまう。昔、彼と二人だけで10時間ほどぶっ通しで飲んだことがある(信じられますか?)。当然その時もごいさんが話して彼が聞くというスタイルだ。きっと同じ話を何度も繰り返していただろう。それでもI坂さんは同じ箇所で同じように目を輝かせて驚いてくれる。これが何とも嬉しい。

正にごいさんにとってのカウンセラーだ。気を遣わずに傍にいることができる。これってやっぱり「親友」の定義の一つだと思う。心を許し、信頼できる。I坂さんはごいさんにとって間違いなく親友だと思っている。

親友ってそうたくさん作れるものじゃないし、たくさん要るものでもない。だって、たくさんになったらまたそこで気を遣っちゃいそうだからね。

ここまで書いてちょっと思ったんだけど、このブログを読んでくれている皆さんは、ごいさんの「心友」なんじゃないかと。このブログでごいさんは皆さんに心を打ち明けているのだから……って、どうでしょうね。大袈裟かしら。

 

写真は、I坂さんがご自慢のストーブに薪をくべているところ。

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