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M山さんと走る尊徳マラソン

昨日、地元では横浜マラソンが盛大に行われた。ラン仲間のA美さんが走っている。ごいさんは前日に選手受付のボランティアとして活動してきた。そして昨日は横浜ではなく小田原の尊徳マラソンの方に参加してきた。

水曜日あたりから体がだるくなりくしゃみと咳が出始めた。木曜日と金曜日は完全休養。土曜日のボランティアを何とかこなし、横浜を走るランナーから刺激を貰って少しは元気が出たようだ。これなら尊徳マラソンもいけるだろうという気持ちになった。

昔からの友であるM山さんと一緒に走る、それがこの大会に参加する理由だ。彼は2つ年下の同じ数学の教員で、ごいさんが27歳の時からのおつき合いになる。よく飲みよく話した。2人で行った北海道の旅は特に思い出深い。40代に入るとお互いに忙しくなり年賀状のやり取りだけになっていたが、ごいさんの退職を機にまた連絡を取り合うようになった。

いい男なのだが結婚には縁がなく独身だ。三年前に母親が亡くなり現在は父親の介護を一人でやっている。出かけることもできなくなり、マラソンからも遠ざかった。それでも今は月に一度のショートステイが利用できるようになってだいぶ楽になったようだ。最近は月に100キロ近くは走っているという。50歳を越えてフルを3時間14分で走った人だ。まだまだ物足りないだろうけどね。

今日は風もなく寒くもなく絶好のコンディション。M山さんに合わせて走る。最初の1キロは5分57秒。10キロを56分15秒で通過。自信の無いことを言いながらも少しずつペースが上がっていく。次々と落ちてくるランナーを拾いながら快調に走る。17キロ地点までの7キロを37分27秒とキロ5分21秒だ。ここでM山さんにお先にどうぞと言われたのでその言葉に甘えることにした。結局、そこからの4.1キロを18分12秒で走り、1時間51分53秒でフィニッシュした。

終わって、同じくこの頃の仲間のN丸さんに連絡をとり小田原で3人で飲むことになった。話しはもっぱら親の介護のことだった。N丸さんも午前中はお母さんの買い物のつき合いだったという。元気なのはうちの母さんだけかな。改めて母さんに助けられている自分を感じるのだった。

何度言っても分からないお父さんを時々怒鳴ってしまうことがあるとM山さんは言う。その後のなんとも言えぬ惨めな思い。お父さんは翌日には忘れてしまうのだが、M山さん自身のその思いは消えることはないという。介護している人は大なり小なりそういう心の葛藤に疲れてしまうようだ。ケアマネの人には仕事は続けた方がいいと言われたそうだ。辞めれば自分の時間もできるのだろうが、外との繋がりが切れて介護中心の生活になってしまうとのこと。外で働くことで誰かと繋がっている。それが救いなのだという。

帰る間際に「今年はフルも走ってみたいからつき合ってよ。」と言われた。「もちろんだよ。」と二つ返事。ということで、今年はもう何回か彼に会えそう。楽しみが増えた。

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