京都の3日間

京都1日目。この日の午後にrecocaさん、いちごさんと会う予定なのだが、せっかくなので早めに行って伏見方面の散策をしようと考えた。しかし時間的にあまり余裕が無く結局行けたのはこの伏見稲荷だけだった。ご覧のように人人人。それも外国人の方たちがほとんど。そのパワーに圧倒されてしまう。f:id:goisan:20180414104451j:plain

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京都2日目。朝起きると昨夕から降り出した雨が相変わらず降り続いていて、この日に考えていた早朝ランは残念ながら実行できなかった。晴れていれば市内を走って回ろうなんてことも考えていたのだけど、さすがにこの雨じゃ無理だった。とういうことで、昨日に行けなかった同じく伏見にある龍馬ゆかりの寺田屋ともちろん伏見と言えばお酒ということでその辺を回ってみることにした。f:id:goisan:20180415111456j:plain

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酒に夢中になっていて酒蔵の写真を撮るのをすっかり忘れてしまった。f:id:goisan:20180415115942j:plain

午後になって雨が上がり日差しも出てきた。こうなれば走るしかないとソワソワし始める。2時過ぎにいちごさんご夫妻を京都駅でお見送りした後、ホテルに急いで戻り支度をして鴨川へと繰り出す。五条、四条と上がるにつれて人が増えてくる。日曜日ということもあって走っている人もけっこう多い。京都マラソンの時に鴨川は少しだけ走ったのだけど、今日はのんびりのんびりと。この感覚がいい。

鴨川から分かれて高野川沿いに修学院離宮の手前まで上がって北山通りを左に進み植物園前を通ってまた鴨川に出て下りてくる。今出川通りから京都御所に入ってその玉砂利をしっかりと踏みしめてたんたんと走る。一人だけ貸し切りみたいに走ってもったいないような気分だ。御所を抜けて丸太町通りから鴨川に戻り、そして鴨川沿いに下ってくる。三条、四条、五条、この頃は足も慣れてきてけっこうなスピードになっていた。人前では颯爽と走りたい、そんな気持ちかな。そうして十条の橋を渡ってホテルに戻る。走行距離22キロ余り。これもまた良き思い出となった。f:id:goisan:20180415151714j:plain

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ホテルで大浴場に浸かり一休みしてから、二条城のライトアップに出かける。多くの外国人の方が来ていたがすでに桜も散り内容的には少し寂しく感じられた。f:id:goisan:20180415201627j:plain

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京都3日目(最終日)。カメキチさんに会うことやチェックアウトのこともあったので、朝ランの代わりに少しだけ散歩を楽しむことにした。まだ空気はひんやりとしている。遠くに見えたのはお爺さんとお婆さんだと思うのだが話を楽しんでいる様子が微笑ましい。いつも京都の光景を紹介してくれているもりもりさんの世界に一瞬入り込めたような気がした。f:id:goisan:20180416055422j:plain

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正午を過ぎてカメキチさんご夫妻とお別れしてから三十三間堂に行った。いつ見ても千体もの観音様が並んだ様は圧巻だ。できるだけたくさんの観音様とにらめっこして歩くのが楽しみなんだ。今の自分にとって京都で一番好きな場所かもしれない。この後二条城にも行きたかったのだけど、ここでタイムアップ。最後に駅に向かう途中の東本願寺に寄って、御影堂の畳の上でしばし正座。こうしてじっとしているのが心地良い。京都の旅の最後はいつもこの正座で終わる。f:id:goisan:20180416155425j:plain

 

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カメキチさんご夫妻に会う

はてな会」の翌々日に、カメキチさんご夫妻にお会いした。本当はカメキチさんも「はてな会」にお招きしたかったのだけれど、事故の後遺症で大勢の人の中にいることができないということだった。それでもせっかく京都に行くのにカメキチさんご夫妻にお会いしないで帰るというのももったいない。どうしてもとお願いしてなんとかお会いする約束を取り付けたのだった。

ブナさんから「茶寮都路里」というお店を指定されたので伊勢丹の開店とともにその店にまっしぐら。ところが約束の10時を過ぎてもお二人がなかなか現れない。どうしたのだろうと思っていた所に電話が入った。実は集合の場所は駅の中央改札口だった。またまたごいさんの早とちりで、早々にお二人に迷惑をかけてしまった。長い時間待っていてくれたようでカメキチさんは体が固くなってしまっていた。ブナさんからは強烈なパンチがさく裂……ということはなかったけど、「あ~あ、またやっちゃった。」と自己嫌悪。

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お二人に会うのは昨年の12月以来になる。いつ見てもお二人の夫婦漫才のような掛け合いが面白い。微笑ましいというのだろうか。ついつい笑いたくなるのを懸命にこらえる。それに時々聞こえてくるブナさんの京ことばがぽんぽんといい感じに響くのだ。京都の大学に通っていた友だちの下宿に泊まって遊びまわっていた若い頃、女の子が話している京ことばに憧れたものだった。

ブナさんにどんなに突っ込まれても、カメキチさんはニコニコしていて全く動じない。そりゃあそうだよね。もう何十年も2人でこうしてやってきたのだものね。特にカメキチさんが事故に遭ってからは二人三脚でずっとやってきた。そんな固い絆にちょこっと割り込もうなんて虫のいい話だとは思うけど、今の自分にはこのお二人の存在は極めて大きいのだ。

4年前の12月にカメキチさんのブログに偶然に出会った。何に心惹かれたのだろうか。まあ今さら思い出してもどうってこともないのだけどね。今はこうして素敵なお付き合いができているのだから。2年前の大阪マラソンの時に大阪駅の「時空の広場」で初めてお二人にお会いした。会うまでの緊張感、会った時の安心感、あの時の感動はきっと一生忘れない。それからはずっとごいさんを応援し続けてくれている。マラソンだけではなくいろんなことで励まされてもいる。

とにかくお二人と一緒にいると居心地がいいのだ。カメキチさんはとことん優しいしブナさんはいろんなことに気を遣ってくれる。二人と話していると自然と力みが抜けていく感じなのだ。お二人に会っていた時間は2時間余り。ブナさんお勧めの「都路里パフェ」もしっかりと頂いた。別れは淋しい。けれど、次にまた会えるという気持ちで過ごせるならそれもまた悪くないと思うことにした。何事も前向きにね。

帰りの新幹線の中でカメキチさんの言っていた言葉が心に響いていた。「お互い分からないことや知らないことがあったっていい。一番大事なのは『今』なのだから。」……ありがとう、カメキチさん。そしてブナさん。

 

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朋有り京都に集う

4月14日、京都でブログ友だちの集いがあった。いや、集いというほどに大げさなものじゃないか。集まったのはrecocaさん、いちごさん、それにごいさんの3人……いやいや3人じゃない。recocaさんといちごさんは奥さまご同伴だったから計5人だ。う~ん、奥さまご同伴なんてなんとも素敵なことです。ごいさんはrecocaさんにもいちごさんにもすでにお会いしているが、このお二人は初顔合わせ。さぞや緊張するかと思いきや最初の一言からすでに旧知の友のごとくで違和感がない。奥さま同士も気軽に話を始められていた。こうしてこの集いはごくごく自然な雰囲気で始まった。

話はあちらに飛んだりこちらに飛んだりととりとめもないが、それぞれの言葉にみんなで頷いては盛り上がる。recocaさんはオカリナでの演奏活動や俳句を作るなどしてその生き方はとても前向きで見習う所が多い。昨年喜寿を迎えられてごいさんとはちょうど一回り違うのだが、その年齢を全く感じさせない。時々見せる笑い顔はまるで少年のようだ。奥さまとは初めてお会いしたが、その話しぶりから社交的で行動力もあるしっかりした方だと感心した。

いちごさんの声はとてもやんわりしていて聞いていて心地良い。つい話に引き込まれてしまう。個人的にはフォークシンガーの杉田二郎を思い出す。ごいさんより年下とはとても思えないくらいに落ち着いている。気配りもできるし職場ではきっと頼られる存在であろう。奥さまの方はと言うと、上品で優しい、いつもいちごさんのことをそっと支えている。そんなイメージなのだが、実際に話してみるとこれがまたとてもしっかりしていて力強さも感じられる。あの雨の中を横断幕を携えて五島列島までごいさんを応援に来てくれたことを思えば、さもありなん。

お料理を食べている時間がもったいないくらいに、みんな話に夢中だった。部屋の予約の時間は2時間だそうだがあっという間に30分も超過。お店の人もこの雰囲気を察して大目に見てくれたのだろう。そんなに長い間何を話したのだろうかと考えたらあまり記憶に残っていない。記憶に鮮明なのはみんなが楽しく自由に話せたということ。初めて顔を合わせてこれだけ話せるなんてね。凄いと思った。

ところで、なんで京都に集まったのかって不思議だよね。recocaさんは東京から、いちごさんは長崎から、そしてごいさんは横浜から駆けつけた。実はもう一人ウサギマンさんという方が参加する予定でいた。それでみんなの住む中間の場所をとって京都でということになったのだ。ところがそのウサギマンさんは来られなくなってしまった。それでもみんな京都にはそれぞれに思いもあったから特に場所を変えようということもなかった。ごいさんもこの翌々日にはカメキチさんご夫妻にお会いすることになっていたから。

いちごさん曰く「はてな会、本当に楽しかったですね」。正にその通りで、素晴らしい思い出となった。大先輩のrecocaさんにお店の予約などお願いして申しわけなかったです。でもありがとうございました。

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3回目の日立さくらロードレース

日曜日に、茨城県日立市で行われた日立さくらロードレースを走ってきた。今年で3回目になる。スタート地点から続く1キロ近い桜のトンネルと、真っ青な太平洋を見ながら走るのがこの大会の目玉だ。初めて参加した時は正にその通りの満開の桜のトンネルに感激し、青々とした雄大な太平洋に圧倒された。ただ後半かなりばててしまって景色を楽しむどころではなくなってしまった。それで昨年再び挑んだのだが、今度は雨と強い向かい風と戦うので精一杯だった。そういうことで今年こそという思いで申し込んだのだ。f:id:goisan:20180408083545j:plain

もちろん参加した理由はこれだけではない。この日立市はごいさんが小学校6年生の夏まで住んでいた街、いわゆる故郷なのだ。街を歩けばまだそこいら中に思い出が転がっている。若い頃の父や母の姿が思い出される。そこには小さい頃の自分と妹がいる。そしてその周りにはたくさんの仲間たち。遊び大好きなごいさんはもちろんガキ大将だった。もう50年以上も昔のこと。今ではあれほど仲よく遊んだ友だちの名前も顔も思い出せない。

そんな名前も顔も思い出せない友だちだけど、このレースで一緒に走っているかもしれない。いや彼らの子供たちが走っているかもしれない、ボランティアをやっているかもしれないなんて考えるのがけっこう面白い。後で順位表を見てごいさんの名前を見つけたらきっと驚くだろうなあ。誰か気づいてくれないかなあ……なんて考えている。f:id:goisan:20160413161254j:plain

さてレースの方だが、天気は快晴、そして気温は確実に上昇しているようだ。お目当ての桜はほとんど散ってしまって今年は葉桜のトンネルになっている。それでも街ではさくら祭りが盛大に行われていて雰囲気は大いに盛り上がっている。自分の状態はと言えば、先月の鳥取ラソン以来まともに走っていないから、自信はまったくない。逃げるようで嫌だけど、とりあえず今日はキロ5分で走り切れればいいと思う。せめて最後は笑ってゴールする。

9時20分に号砲が鳴って44秒遅れでスタートラインを横切る。当然大混雑で最初の1キロは5分35秒とかなり出遅れた。応援ナビを見るとスタート順位は1208番。3回の上り坂をクリアして最初の5キロを25分44秒(921番)で通過。6キロ地点で折り返し2度の上り坂を越えて少し下ったところが10キロ地点。この5キロを24分38秒(837番)で通過する。ここから待望の海の上に架かる道路を走る。青い海が実に綺麗だ。遠く向こうの水平線は、ごいさんが子供の頃によく見ていた光景だ。

14.5キロあたりで折り返すと15キロ地点になる。この5キロは24分33秒(798番)。16キロ地点で横道に入り、そこで3回の上り坂をクリアしてまた海の上の道路に戻ってくる。そうして20キロまでの5キロを24分19秒(739番)で通過して、いよいよ残り1キロだ。ここからは沿道にたくさんの人が並ぶ。全体的にスピードが遅かったせいか少し余裕を持った感じでフィニッシュ。タイムは1時間44分21秒(737番)。

今日は楽しく走れたという感じだけど、やっぱり満開の桜のトンネル……走りたかった。 

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入社式・始業式・入学式

4月2日、多くの会社の入社式の様子がテレビで報じられていた。みんなきりっとしたいい顔している。売り手市場なんて騒がれているけれどそれでも第一志望の会社に入るというのは難しいのだろうね。自分の時とは社会環境もまるっきり違って、そして今なおその変化は激しい。そんな中で生きていくのはかなり大変なんだろうけれど、ぜひいい人生を歩んでいってほしい……って、無意識に祈っていた。変だね、これも年のせい?

そして昨日からは多くの学校で新学期が始まった。春休みが終わって1つ進級してみんなちょっぴり成長した気分かな。新しいクラスや担任の先生の発表とこの日が待ち遠しかった子も多いだろうね。そう言えば、担任の先生の名前が発表されるたびに一喜一憂するような声とか、拍手が多かったり少なかったりとか、こちらもドキドキしていた。ごいさんの名前が言われた時にため息が多かったらとか拍手が無かったらなんてことを考えたりして、生徒以上に緊張していたかもしれない。

そして今日は入学式だった。中学校ではお兄さんやお姉さん的存在だった子も高校では一番年下。高校の上級生たちから見ると相当にあどけない。高校の3年間はそれほどまでに圧倒的に成長するように思う。そしてその成長の過程を見られるのが先生にとってはたまらなく嬉しい。入ってきたばかりの1年生も新鮮で可愛いのだが、ごいさんはどちらかというと上級生特に3年生と話をするのが好きだ。知識も増え言葉遣いもしっかりしている。よくぞここまで成長したと話をしていて感心する。これがまた楽しいのだ。

とまあ世間一般では慌ただしく新年度が始まった感じだが、自分はというと、英語の勉強を本格的に始めて2年目に入る。60歳を前にして立てた計画では、65歳になった今年からはより実践的な行動に入る予定だったのだけど、少し回り道をして出遅れてしまった。とりあえず今年はその遅れを取り戻して、英語の勉強に一区切りつけたいと考えている。この1年でだいぶ物おじしないで話せるぐらいになった。ただ文法がきちんと理解できていないから、まだまだまともなセンテンスが作れない。それを今年中には何とかしたい。

年齢のことを考えるとだらだらとやっている暇はない。自分の能力に見切りをつけることも大事なことだと思う。英会話そのものはスマホの翻訳アプリでも十分に対応できるからね。外国の人と話すのに不自由はしない時代なのだと思う。ただこの1年間でだいぶ手ごたえを感じたのでもう少しばかり本気度を増してあと1年だけやってみようと思っている。

自分の生き方に迷うことなく自然に生きて人生を謳歌している友を見ると羨ましい気持ちになるが、たぶんごいさんにはその生き方はできないと分っている。ごいさんにはごいさん流の生き方しかできない。ともあれこの1年間だけは精一杯もがいてみよう。入社式の新人社員の顔を見ていたら俄然自分もやる気になったから。来年のごいさんは変わるよ……って宣言しておく。

 

大倉山からの風景(4月1日撮影 お花見ランをしました。)f:id:goisan:20180401144434j:plain

 

09の旅 ~ 水戸 ~

この前の日曜日月曜日と「09の会」のメンバーで1泊2日の旅をしてきた。09の会というのはこのブログにも何回か登場しているが、2009年4月に入学してきた生徒たちを一緒に受け持った先生たちの集まりである。1組から8組までの8人の先生で3年間を担当してきた。自分にとっても教師生活最後の受け持ちだから思い出深い。

生徒を卒業させて6年が過ぎるがその間に異動したり退職したりで今はみんなてんでばらばらだ。それでも年に2~3回集まっている。特にメンバーの誰かが退職する時は1泊してみんなでお祝いをする、いつからかそんなことになっている。それで今年はS本さんが無事に定年退職を迎えての旅行ということになったのだ。

初めてこのメンバーに会ってから今年でちょうど10年になった。8人のうち学年主任のT金さん、ごいさん、S野さん、T岩さん、S本さんの5人が50代で、後は30代のA川さん、そして新任で20代のM井さんとK子さんという構成だった。当時の学年会では何かにつけて喧々諤々の議論を交わしていたのだけど、生徒を卒業させた後で不思議なくらいに一体感が生まれてきた。そうして彼らとのつき合いが今も続いている。

1泊旅行も今年で5回目になる。前回の秋の集まりの時はつくばマラソンの前日ということで欠席してしまったからみんなに会うのは1年ぶりだ。それでも自然にすっと融け込める感覚が何とも心地よい。みんなと出会って10年、そうみんな10歳分だけ平行移動した。若手は若手のままに、年寄りは年寄りのままに。当然だけど年齢順も変わらなくて、だから安定している。だから一緒にいて心地よいのだと思う。

さてここからは旅の話。今回のメインは弘道館偕楽園千波湖といった水戸駅周辺の探索だった。最初に水戸一高までの坂道を一気に上がる。ごいさんにとってこの水戸一高は小学生の時に憧れていた高校だった。その頃の水戸は田舎に住む小学生だったごいさんにとって眩いばかりの大都会だった。だから何としてでも高校はこの大都会の水戸に通いたいと密かに考えていた。もちろん入学できたかどうかは怪しい。

弘道館f:id:goisan:20180325133213j:plain

それから水戸三高の横を通って弘道館に向かうのだが、ここは教員採用試験の会場だったところだ。もう遠い昔の話だけど、もしかしたら茨城県の先生になっていたかもしれないなんてちょっと思ってみた。弘道館ではボランティアガイドの方から詳しい説明が聞けて、幕末の様子がひしひしと伝わってきた。続いて偕楽園に向かったが、梅の方は残念ながら見頃はもう過ぎていて、次の桜を迎える準備が進められていた。

好文亭から見た偕楽園f:id:goisan:20180325150129j:plain

千波湖にはたくさんの黒鳥がいた。f:id:goisan:20180325154249j:plain

翌日は水戸線で小山に抜け宇都宮で「みんみん」の餃子を食べてから市内を散策する。宇都宮特産の大谷石で作られた松が峰教会が特に印象に残った。ともあれみんなで一緒にはしゃぎながら歩くのが楽しかった。今回もS野先生の企画は大正解。いろんなことを楽しく勉強させていただきました。そしてみんなの笑顔のおかげで楽しい旅となりました。みんな、ありがとう。

※早朝ランニングで見た朝日f:id:goisan:20180326060542j:plain

※やっぱり水戸と言えば……。f:id:goisan:20180326101258j:plain

 

雨の中の墓参り

今週の火曜日に父の墓参りに行ってきた。いつものように母を迎えに行くと、早くに起きてぼたもちを作って待っていた。母はこの日を楽しみにしているのかな。ふとそんなことが頭をよぎる。(今度聞いてみよう。)熱いお茶と一緒にぼたもちを一個ほおばる。もう何年も同じことを繰り返している。そして母の決まり文句が出る。「もう一個食うか?」

本当はお彼岸の中日に行くことにしていたのだが、天気予報によると雨が強く降るとのこと、もしかしたら雪になるかもしれないということで、急きょ火曜日に変更したのだった。実際、彼岸の中日はけっこうな雪が降って、かなりの寒さだった。ただ火曜日も雨がそれなりに降って寒さもかなりのものだった。それでも雪よりはましだったかという感じ。

平日で雨という割にはお墓にはそこそこの人たちが訪れていた。みんな同じような考えなのだろう。綺麗な花がお墓に飾られている光景はいつ見ても清々しい。早速に母は赤いカッパを着こんでお墓を拭きだす。見ているだけで寒くなってくる。続いて隣の伯母さんの墓も拭き始めた。何分ぐらいだろう、ただもくもくと拭いている。それから花を飾り、持ってきたぼたもちとお菓子を供える。もちろん雨だからビニール袋に入れたままだ。

全てが用意された頃合いを見計らってお線香に火をつける。(これは僕の仕事。)そうして合掌。いつもならここで少しのんびりするところなのだが、この雨ではどうしようもない。とにかく寒くて、母の体も心配だ。お墓参りして体を壊してしまっては本末転倒だしね。ともあれ母の記念写真だけはしっかり撮影して、祖母の墓へと向かう。

祖母の墓まではここから車で1時間ほど。横浜のど真ん中にある。雨はさらに勢いを増している。もうお墓も綺麗にしているどころではない。とりあえずお花とお菓子を供えてお線香を手向けて合掌する。母にとっては自分の両親や兄妹の眠る墓だ。何度も来られるものではないからゆっくりしたいところなのだろうけれどさすがにそんな悠長なことも言っていられない。

こうして今年の春のお彼岸の墓参りもどうにか無事に終了した。いつものように丁寧とまでとはいかなかったけれど、安堵感と満足感が母の表情には表れていた。こんな寒い中、88歳の母が雨に濡れながら墓石を拭きお線香を手向けに来る。それだけで十分立派なことだと思う。

帰りの車の中では、また母のいつもの言葉が聞こえてくる。「疲れる、疲れる。もう次は来られないかもしれないよ。」もうずっと聞いている言葉だから、オオカミ少年の言葉のように聞き流しているけれど、でも案外本当のことだったりするのかな。そしてここで気づいたよ。こうして出かけるのを楽しみにしているのは母よりも本当は自分の方だっていうことに。だから、秋のお彼岸もまた一緒に来よう……って、心で思った。

f:id:goisan:20180321111042j:plain※お彼岸の中日の雪の降る様子。積もることはなかった。

 

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