紅葉狩り

先週の木曜日、小学校の同級生5人(A部さん、O塚君、O谷君、M上さん、N友君)と紅葉狩りを楽しんできた。訪ねた場所は群馬県の「吹割の滝」と「榛名神社」。群馬県に住むO塚君が企画してくれた。朝6時に小田急大和駅に集合して2台の車に3人ずつ分乗。海老名まで行きそこから圏央道に乗るとあっという間に関越道という感じだ。昔はとても遠くに思えた関越道や中央高速がこの圏央道ができたお陰で本当に近くなった。

まず向かったのは原田農園。最初の予定ではここでリンゴ狩りだったらしいのだが、日帰りでは時間的に難しいと判断したようだ。ただリンゴだけはどうしても買いたいというみんなの要望が強かった。お目当ては「ぐんまの名月」というリンゴらしいのだが、これはすべて予約制ということで店頭には置いていなかった。それで違う品種のものを買ったのだが6個で2,200円はちょっといい値段…かな。

まずは目的の一つを達成してみんな満足顔。日本一とも言われている道の駅「川場田園プラザ」に寄って一休みした後、吹割の滝を目指す。東洋のナイアガラと言われているのだと友は語っていたが、確かに規模は小さめだけど美しい曲線をなしている。それに何よりその周りを囲んでいる紅葉が実に見事だった。2キロ余りの散策コースを紅葉を愛でながらのんびり歩く。新鮮な空気と鮮やかな紅葉を存分に楽しんだ1時間だった。

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次に向かったのが榛名神社。榛名湖には榛名湖マラソンで2回ほど来ているがこの榛名神社に行くのは初めて。山奥にあって長い歴史のある立派な神社だ。本殿までの参道には七福神の像があって道案内をしてくれている。そして驚くのは本殿のすぐ後ろにそびえ立つ「御姿岩」と言われる巨岩。今にも崩れ落ちそうで、何とも言えぬ緊張感が漂う。いかにも厳かな感じだ。ここの紅葉も綺麗だった。上手く写真に撮れなかったのが残念。

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3年前にやはりO塚君の案内で宝川温泉に一泊して紅葉を楽しんだ思い出がある。このグループは小学校の時から仲が良くてこうして何十年もつき合いが続いている。その中でごいさんの存在は異質だ。小学校の時に彼らとの関わりはほとんどなかった。6年生の9月に転校してきてこの小学校にいたのはわずかに半年。彼らはいかにも垢抜けた都会っ子で先生からも可愛がられる存在で、茨城弁丸出しのごいさんがそんな仲間に加われる雰囲気は全くなかった。中学生になってもこれといった関わりのないままごいさんは1年後に再び転校して、それっきり音信不通となってしまったのだ。

それが20年余り過ぎて中学校の先生になったI藤さんと偶然に再会して、クラス会に誘われた。それから時折顔を出すようになり、ようやく何年か前からこの仲間に加えてもらえるようになった。このグループにいる時の彼らはまるで小学生のように楽しくはしゃいでいる。そんな彼らを見ていると、今ならすんなりと入っていけそうに思う。そうして彼らとの思い出を新たに作るのも楽しいかなと。彼らのことはまだまだ知らないことばかり。逆に彼らもごいさんのことをほとんど知らない。そんな感じが今はちょうどいい。

 

お昼はもちろん水沢うどん

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足利尊氏公マラソン大会

昨日、栃木県の足利市で行われた足利尊氏公マラソンを走ってきた。距離はハーフだが今回で41回目というだいぶ歴史のある大会のようだ。膝の調子は多少良くなってはいるもののまだ多少の痛みと違和感がある。18日の神戸マラソンにはぜひとも参加したいのだが、この2ヶ月はまともに走れていない。いきなりの神戸マラソンではリスクも高いだろう。もちろんこの足利のレースでも無理はできないが、神戸に向けた試験的な意味合いで参加することにした。

2時間程度のタイムで走り終えてもう10キロぐらい走れるだろうという感覚があれば神戸ではサブ4ぐらいは狙って行こうか。そんな余裕がなければファンランで応援の人たちと楽しみながら走ろうか。そんなことを考えた。本当に今回ばかりは走るだけで精一杯。左ひざをかばいながら走っているせいか、必要以上に疲れを感じる。

さてそんなことを言いながらも観光だけは外さない。今回のお目当ては足利学校織姫神社、それに足利フラワーパークのライトアップ。織姫神社では秋季例大祭ということで、子どもたちによる太鼓の演奏や高校生の吹奏楽の演奏が行われて賑わっていた。夜のフラワーパークのライトアップも実に鮮やかで見事だった。翌日のレースのことを考えて長居はできなかったが、2~3時間ぐらいは十分楽しめるだろう。写真が綺麗に撮れなかったのが残念だった。

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 さて当日は、ホテルで朝食を取って7時40分にチェックアウト。ここから会場までは徒歩で20分程度なので、ウォーミングアップにちょうどいい。多少の緊張感はあるものの気持ち的には余裕がある感じ。なんと言っても今日はタイムは目指さないと割り切っているのが緊張感を和らげているのだと思う。

荷物を預けてストレッチをして1キロほどジョグ。特に違和感はない。これならなんとか行けそうだ。トイレの大渋滞でスタートの列に並んだのは5分前。今日のプランを考えてだいたい真ん中辺りに位置を取る。最初の1キロは5分14秒。次の1キロも5分4秒と少しオーバーペース気味だが、足が思った以上に軽く痛みもない。ならばもう少しこのペースで行ってみるかということで10キロの通過が50分15秒。

この手前あたりから50歳台のランナーとの抜きつ抜かれつの競り合いが続く。どうにか振り切った時は残り5キロ。知らないうちに無理をしたのかこの辺りですこしばかり違和感を覚えたが痛みまではない。まだ頑張れる、そんな気持ちで沿道の人に手をあげながらゴールを目指して軽快に走る。ここにきてちょっとだけスピードアップを意識する。最後の5キロの1キロ毎のラップは4’56、5’01、5’00、4’55、4’50。そしてフィニッシュタイムは1時間45分50秒。

結局最後はむきになってしまっていつものごいさんに戻ってしまったが、とりあえずまずまずのレースができた。まだまだ前の状態には遠いが、それでも4時間は切れるだろうくらいの希望を持てるようにはなった。ここに来てようやくちょこっとだけ気持ちが軽くなった。

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横浜マラソン

いよいよ明日は横浜マラソン。抽選で外れたごいさんはボランティアとして参加する。ということで先立っての14日にその説明会があった。4時から始まり分科会が終わったのが6時。3時半ごろに着いたから約2時間半の拘束。けっこうしんどかった…かな。でもさすがにボランティアの方たちの集まりだ。やる気があって活気がある。この雰囲気、これが大会を支えているんだね。今回初めてという人が半数余り、経験者の方が多いかと思っていたから少しばかり意外だった。

自分はこの横浜マラソンのボランティアは4回目。大会当日にやるのは、最初の3月開催の時と今回の2度目。一昨年、昨年はしまだ大井川マラソンに参加していたから、金曜日のEXPO会場で選手受付を担当した。いろんな大会でお世話になっているからせめて地元の時ぐらいはボランティアをやらなきゃとなんとも殊勝な心がけ。なんて自分で自分を褒めちゃいけないね。よく友だちに言われる。

ということで今回は、D突堤という場所でのコース監察誘導の仕事が割り当てられた。給水のように忙しいことはないだろうからもっぱら選手の応援が活動の中心になる。とくにこのD突堤は一般の人が入れない場所なので応援できるのはボランティアだけ。だからこの場所を希望したボランティアの人たちはそれを承知の上での元気一杯の精鋭部隊というわけなのだ。

そしてこの場所は35キロ付近という選手にとっては相当に苦しいところ。「頑張って」と選手に声をかけるのも辛い。ゼッケンのアルファベットを見ればその人の力が分かるから、その人が頑張っているのかそれとも不本意なレースをしているのかはだいたいの見当が着く。だからそれに合わせて声をかけるようにしている。ナイスランって言ったってナイスランじゃなくて悔しい思いで走っている人もいる。

でも、自分もそうだが本当に苦しい時に大きな声をかけてもらえるのはやはり嬉しい。その声に何の反応を見せなくても声は必ず届いている。自分も最後の方は手をあげるのがやっと。時には口をもごもごさせるだけ。でも心の中ではありがとうとつぶやいている。35キロ地点はきっとそんな選手がたくさんいる所なのだ。一般の人はいないし応援できるのはボランティアだけ。だからごいさんもこの場所を希望した。Qちゃんみたいに全員とハイタッチなんて無理だけど精一杯頑張る。

はてブロランナーの皆さん、ごいさんの知り合いのランナーの皆さん、ぜひごいさんらしき人物を見かけたら気軽に声をかけてくださいね。場所はD突堤をUターンして第15給水所を少し過ぎたあたり。ボランティアは目立つこともできないので、とりあえずアシックスの赤いランシューズを履いています。胸には「ごいさん」の名札あり。応援の大盛りサービス(無料)を用意して待っています。

では走られる皆さんの健闘を祈っています。横浜マラソン、十分に楽しんでください。

 

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友の死

友が亡くなった。この前の日曜日、それを伝えるメールが送られてきた。テニス仲間のY本さんが急性心不全で亡くなったという。その時の思い、なんと書いたら伝わるだろう。「えっ、なんで?」つい2週間前に一緒にテニスをやったばかりだ。小雨が降っていたけど、5人ほど集まってダブルスの試合をした。動きも良くて、ボレーもバシバシ決めてあんなに調子が良かったのに。

雨が強くなって止めることになった時も、それでもまだやりたそうな顔をしていた。それくらいに体調もよく、もちろん病気をしていたわけでもない。ごいさんより2~3歳年上だけどまだまだ若い。今は、週に2度ほど他の仲間とテニスを楽しみ、後は好きな読書だ。そして、今の安部政権を危惧し、時々国会議事堂にまで出向いたり新聞社に投稿したりもしている。そんなけっこう忙しい毎日を送っている。そして充実していたと思う。

ごいさんが以前の職場で同僚だったI山さんとT次さんに誘われてこのテニスの会に入ったのが4年前。その仲間はみんな彼らの昔の同僚だった。みんなテニス部の顧問として生徒を指導していたから当然テニスは上手だ。どうやっても歯が立たないのだけど、みんなすぐに仲間として招き入れてくれた。そこでY本さんと出会った。自分がその輪に溶け込みやすいようにと気を遣って何かと語りかけてくれた。

彼は英語の先生。でも大学は確か電気学科だった。どうして英語の先生になったのだろう。今まで聞こうとも思わなかったけど、なんか急に聞いてみたくなった。コートの抽選の関係でこの仲間に会えるのはだいたい月に1回の割合だった。テニスをするのはもちろん楽しいのだけれど、それが終わった後にみんなで食事をするのがもっと楽しい。約2時間。政治の話、読んだ本の紹介、もちろんテニスの話。ごいさんに絡んでのマラソンの話などなど切りがない。

Y本さんを友人と書いたけど、気持ち的にはちょっと上の兄さんっていう存在かな。ごいさんに語りかけて来る感じがそんな優しさを持っている。どんなことでもあの熱く語る口調は万年青年のようだ。彼からいろんな話が聞けるのが楽しみだった。まだまだ聞きたいことがたくさんあったし、彼だってまだまだ話すことがたくさんあった。

彼は亡くなる前日に調子が悪くて病院に行ったそうだが何ともないと言われたそうだ。そうして床に就いてその翌日には眠っているように亡くなっていたという。その顔に苦しんだ表情はなかったという。えっ、人ってそんな簡単に死んじゃうのか。病気なんかなかったし、誰よりも元気だったのに。まだ受け入れられない。だって、「じゃあ、また。」とあいさつを交わした彼の顔が眼前にあるのだから。

明日はお通夜だ。彼に会うのは3週間ぶり。なんて声をかけよう…。

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 明後日のアクアラインラソンは膝の不調のため棄権することにしました。いつも応援していただいている皆さん、ごめんなさい。次の大会で頑張ります。そして、走られる皆さんの健闘を祈っています。

 

弘前・白神アップルマラソン大会、中止

7日の日曜日に行われる予定だった弘前・白神アップルマラソン大会は台風25号がやってくるというので中止になった。24号に続いてかなり強い台風が太平洋上に発生したという情報が入ってから、ずっとその進路については気にしていたのだが、最初の予定から台風のスピードが上がってちょうど大会当日あたりに青森地方を通過するという予想が出てきた。

水曜日なってこれではさすがに厳しいかとそんな思いを感じながらホームページにアクセスすると、ただ今検討中で木曜日中には結論を出したいと書いてあった。木曜日になって昼過ぎに再度チェックしてみると新着情報の欄に中止になったことが書かれてあった。北海道や岩手で開かれる大会も中止になったのを考えれば妥当な判断だったと思う。

温帯性低気圧に変わって勢力は弱まる可能性もあるけれど、前後しての準備や片づけ等、ボランティの人たちの負担は相当なものだ。昨年のしまだ大井川の大会ではボランティアの人たちがびしょ濡れになりながらしかも足元を泥だらけにして頑張っていたのを思い出す。こういう人たちに支えてもらっていることを考えれば、今回の中止はやむを得ないことだと思う。もちろん走る側からすれば簡単には諦められないのも当然とは思うけど。

それにしてもずっとホームページを気にしていたのだけど、ホームページの向こうで行われているだろう話し合いが見えるような感じだった。簡単には諦めない、そんな彼らの熱い思いが伝わってくるようだった。これまでに相当な準備をしてきた。それがすべて水の泡となってしまうのだからね。前夜祭にも下見コース見学ツアーにも参加する予定だった。当然だがそれらについても準備を進めてくれていたはずだ。

ホームページに記載されたのはわずかな文章だが、そこには彼らの無念な気持ちがにじんでいるように思えた。木曜日に結論を出してくれたおかげで、宿のキャンセル料も発生せず電車の代金も取り消し手数料のわずかな分だけで済んだから、それについても本当にありがたかった。今頃は悔しさに耐えてランナーに参加賞を郵送するための準備を続けていることだろう。

アップルマラソン大会関係の皆さま、ボランティアの皆さま、今回は本当に残念でした。その心中心よりお察し申し上げます。来年の大会には改めて参加させていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

とまあそんなわけで一昨日と昨日で合計50キロ弱をのんびりと走ってみた。いや、速く走れる気がまったくしない。不安だらけで迎えている今シーズン、どうなることやら。

 

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しょうがない

「しょうがない」という言葉、皆さんはどれくらい口にするだろうか。ごいさんはしょっちゅうだ。困ったり落ち込んだりした時の自分を慰めるにはもってこいの言葉だと思っている。この言葉をつぶやくと不思議と心が休まる。でも同時に自分を甘えさせようとする誘惑の言葉でもあるのだ。だから好きだとばかりも言っていられないのだけれど。

試合に負けて落ち込んでいる時、「しょうがないよ。相手が強すぎた。運がなかった。」何かをやり終えて結果を待つ時も「しょうがないよ。全ては終わったのだから。今さらどうしようもない。」マラソンで撃沈した時も「しょうがない。今日は気温が高かった。体調が悪かった。」昔、生徒を叱って後味の悪い思いをしている時も「生徒が悪いことをしたから叱ったのだ。しょうがないことだ。」などなど。

これだけ並べてみると、どちらかというと自分を正当化するためにある言葉のように思える。この言葉を唱えるだけでまるで自分の責任はそこにはなかったように感じられる。そして不安が取り除かれ心に安らぎが戻る。それこそがこの言葉の落とし穴で、それでは次への進歩は生まれない。自分を甘えさせるだけなのだ。だから闇雲に使うことにはくれぐれも気をつけなければならない。

でも自分はこの言葉を気に入っていて何かあるとたいがい最後はこの「しょうがない」で締めくくる。もちろん上に書いたような安直にではない。決して相手のせいにするのではなく、「練習を真剣にやっていたか。暑い日でもちゃんと走っていたか。生徒のことをちゃんと考えたか。」と自問し、その上で納得出来たら「しょうがない。全力は尽くしたのだ。」もし否だったら「しょうがない。自分の努力が足りなかった。明日からもっと頑張ろう。」とまあこんな感じ。

年を取ってこの言葉を使う機会がますます増えたように思う。ブログが書けない。「しょうがない。なんだかんだと忙しいんだから。」マラソンのタイムが伸びない。英語が覚えられない。「しょうがない。年なんだから。」あ~あ、自分をかばうように使うようになっちゃいけないね。

思わずこの言葉をつぶやきそうになった時にちょっとだけ考える。本当にしょうがないの? やるだけのこと、やった? 最善は尽くした? そのうえで「しょうがない」ってつぶやく。安心感を得られると同時に次の課題も見えてくるというわけだ。「しょうがない」という言葉は心を癒してくれる魔法の呪文のよう。でもそれに甘え過ぎると進歩が止まる。それを十分に踏まえて使うならきっと最良の癒しの言葉になる、そう信じる。

いつものように最後はまとまりがなくなってしまった。けれど、書いた内容は皆さんもよくご存じのことだから何となく伝わるかな。この前から気になっていたのでちょっと整理してみたかったのです。

 

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中秋の名月

少し記事が古くなってしまったけれど……。

24日は中秋の名月だった。もっとも満月は25日ということだから正真正銘のまん丸じゃない。でもたかだかの一日違い。人間の優れた目をもってすれば満月にしか見えない。こうしてお月さんを見上げるなんていつ以来だろう。ブログを書き始めた頃は、あちらこちらの記事で月や星の話題が取り上げられて賑わっていた。自分も遅れちゃいけないなんて思って真似をして記事を書いたりしていた。だからあの頃は毎日のようにカメラを持っては夜空を見上げていた。

もともと月や星を眺めることは好きだった。目を凝らしてはたくさんの星を見つけ出していく。目が暗さに慣れてくると見える星の数がどんどん増えてくるのだ。そしてはるか遠くにあるだろうその星に向かって飛んでいるロケットに乗っている自分を想像する。子供ならきっと誰もが親しみを覚えるお月さん。それがアポロの月面着陸で、近い将来誰でも月に行くことが可能になる、そう思って宇宙飛行士になることを夢見たのは高校2年の時だった。

中学生の頃はSF小説を読み漁った。だからずっとずっと空飛ぶ円盤や宇宙人の存在を信じていた。アポロ11号が月面着陸した時はテレビの画面を食い入るように見つめていた。でもその画面には生物らしき物体は現れなかった。もしかしたら…という思いは現実にはならなかった。まあ当たり前と言えば当たり前なんだけど。火星や金星も無理。太陽系にはいないみたい。でもきっとずっとずっと遠いどこかの星に知的生物は存在する、自分は今でもそう信じている。

満月の25日はあいにくの雨だったから、満月ではなかったとはいえ中秋の名月を見られたのは大正解だった。やっぱりお月さんはまん丸なのが一番いい。でもあの満ち欠けも大きな魅力だね。三日月もいい。半月だって悪くない。月の明かりの感じ方もいろいろだ。全てはその時の自分の気持ちのあり様なのだと思うけど。この日のお月さんは明るく優しい感じ。ホッとするような、そんな思いがした。

もし月がなかったら、どれほどに味気ないことだろう。惑星によっては月が何個もあるところがあるけれど多過ぎるのもなんだかね。2つあったらついつい比較しちゃいそうだ。やっぱり1個だからいいんだね。そして大切に思える。これからの秋の夜長、お月さんと向き合っていろんなことを語ってみるのも面白いかもしれない。なんてったって長い経験のある、きっと一番のカウンセラーだと思うから。

もちろんいつものようにお彼岸の墓参りにも行ってきた。母は風邪気味で無理はさせたくなかったが、どうしても行きたいというので連れて行った。何もしないからと言うので連れて行ったのだけど、着いたら早速にお墓の掃除を始めた。草をむしっている後ろ姿はやっぱり少し年を取ったのかな。今年は風邪のせいでいつものおはぎは作れなかったようだ。それも寂しく感じた理由かもしれない。とまあ、そんなこんなで秋のお彼岸も無事に終了。

 

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