とっこちゃん

12月7日火曜日の朝7時少し過ぎ、とっこちゃんが亡くなった。行年82歳。そのお葬式が11日の土曜日に一日葬で行われた。とっこちゃんの兄弟は母と80歳の末の妹の2人だけで、4人の兄と2人の姉はだいぶ前に亡くなっている。それでこの日のお葬式には彼らの子供たちつまり甥っ子や姪っ子の大集合となった。いわゆるごいさんのいとこたちだ。それだけでも十分に彼の人柄の良さが伝わるのではないかと思う。

とっこちゃんはごいさんにとって特別な存在だった。子供の頃は近くに住んで父と一緒に大工の仕事をしていた。自分が小学生の時のとっこちゃんはまだ20歳そこそこの若者で、橋幸雄に似てカッコ良く妹も大好きだった。父は酒に酔うと外でもよく喧嘩をしたがそれを仲裁するのがとっこちゃんの役目だった。そんな彼が身近にいてくれたから母も心強かったと思う。ごいさんにとっては叔父さんというより頼もしい兄貴という存在だった。

45年前父が他界してからもずっと母を支え続けてきた。春秋のお彼岸には父の墓参りもしてくれ、仕事の合間にお菓子を持っては母を訪ねてくれた。時には家の修繕などもやってくれた。彼が退職して時間ができるようになるとしょっちゅう母をカラオケに連れ出してくれた。彼の運転する大型バイクの後ろに年老いた母が乗っていく姿はけっこう見ものだった。そして毎日母に電話をかけてくれる。そのほんの一言二言の会話がどれだけ母に安らぎを与えていただろう。

去年の4月に末期の肺がんと宣告されたが抗がん剤の治療を断った。入院すればコロナで面会もできなくなる。抗がん剤の副作用も重大だ。いろんなことを考えて、彼はあるがままに生きることを選んだ。それを打ち明けられた時はショックだった。そして母には告げないでほしいという。それからは母を月に一度のペースで彼の家に連れて行った。夜は強い痛みで寝られないと語っていたが、母と会っている時はいつも毅然とふるまっていた。何も知らないでとっこちゃんと楽しそうに話をする母の姿も痛ましく思えた。

お葬式で母はたくさん泣いた。でも少し落ち着いたら向こうにとっこちゃんがいることに安心するかもしれない。いつ亡くなっても母さんの大好きだった優しくて頼もしいとっこちゃんが待っていてくれるのだからね。とにかくこの2年近いとっこちゃんの生きざまは凄かった。死を前にしてここまで強くなれるのかと思った。自分が82歳になるまであと13年。自分も最後までとっこちゃんのように生き切りたい。

f:id:goisan:20211029111032j:plain1ヶ月ほど前の写真だけど、この時の富士山はひときわ美しかった。