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思いがけない贈り物

金沢マラソンを終えて家に戻ってみると宅配便で小包が届いていた。差出人はごいさんが34歳から12年間勤めた学校の同僚のI渡先生。今頃何なのだろうと思い封を開けてみると、お菓子の詰め合わせと一緒にK川先生、I川先生、T所先生、H口先生、I渡先生の5人の名前が連記されたメッセージカードが出てきた。定年のお祝いの贈り物だった。

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彼らとは、今年の8月22日の集まりで何年かぶりに再会した。その時に彼らの間でこういう話になったようである。彼らは採用された最初の職場でごいさんと出会う。その時、ごいさんは30代の半ば。何事にも精力的に活動していた時だった。

K川先生のことはK川さんと呼ぶ。I川先生はI川先生、そのまんまだ。T所先生はたどちゃん。なんか呼び方にずいぶん違いがあるような。別にこれといって差をつけているわけではない。確かにたどちゃんは同じ数学の先生だからつきあいは一番あるかもしれない。K川さんとは一緒に学年を2回持った。つまり6年間一緒に担任をやってきた。これまた深い関係だ。I川先生は一緒に担任をやったのは1年間。それでもI川先生の結婚式ではごいさんは初めて仲人をやらせていただいた。これはこれで貴重な経験だったしそれだけの関係があったということだ。

まあこんな呼び方なんてどうってこともないね。いつも彼ら3人は一緒だった。行事のたびに、いやそれ以外でもよく飲みカラオケにも行った。もっとも彼らはお酒をあまり飲まない。よくごいさんみたいな呑兵衛につきあってくれたと思う。

新採用の彼らが次の異動校でも通用するよう一人前の先生に育てることが先輩教員のごいさんの役割じゃないかと考えていた。そのためにも常にお手本となるような存在でなければ自分を許すことができなかった。他人にも厳しかったが、自分にも一番厳しかった時かもしれない。仕事ができるのは当たり前だが、先生として素晴らしいクラスを作ってみせることが何よりのお手本になると考えて、その頃は毎日のようにクラス経営や学年経営のことを考えていた。

もともと先生になりたくてなった人たちだ。先生としての資質も十分備えていた。それに能力もある。一を聞いて十を知る、そんな感じだった。何年かを一緒に過ごしたが、みんな素敵な先生になっていったね。今は3人とも総括教諭という立場で精力的に仕事をしている。職場では50歳を超えるベテランだけど、ごいさんにとってはずっとヤングマンのまま。

それからH口先生はまどかちゃん。I渡さんはかたちゃんと呼ぶ。当時は二人とも20歳前半のお嬢さん。まどかちゃんはいつも楽しそうに飛び跳ねている女の子というイメージ。かたちゃんは、その頃の職員室では一番若いのにいつも落ち着いていてお姉さんという存在だった。

みんなと一緒に過ごした数年間。みんながいたから自分も頑張れたし成長できた。こちらこそお礼を言わなきゃいけない。みんな、ありがとう。

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