母さん、誕生日おめでとう!

昨日は母の85歳の誕生日だった。このブログにも何度も登場しているから、読まれている方はまたかと思われると思う。しかし、ごいさんの母への思いは強い。今の自分があるのはすべて母のおかげだと思っているから。

ごいさんの知っている母はとにかく働き詰めだった。父は大工をしていたが、定まった収入もなく、入ったお金はすぐに消えてしまう。家を支えていたのは間違いなくパートで働いている母の収入だった。そういう中でも、ごいさんをそろばん塾に通わせてくれた。自分は母にとっての希望だったのだろうと思う。毎日の食事の支度、日曜日も洗濯や掃除と外に出かけることもほとんどなかった。何が幸せだったのかと思うくらいだ。たまに横浜から実の母が遊びに来るのが救いだったのかな。

父にも母にも勉強しろと言われたことが一度もない。多分、昔の尋常小学校しか出ていない二人にとって、勉強ができたからそれで幸せになれるなんて考えもしなかったのだと思う。ただ、そろばんの技術を身に付けていればちゃんとした仕事につける、それは思っていたようだ。ごいさんだって、勉強ができると母が喜んでくれる、ただそれだけで勉強した。その頃、何になろうかなんてまったく考えてもいなかった。

今のごいさんが幸せに暮らせるのはすべて母のおかげだと感謝している。今でいう教育ママではないけれど、知らないうちに一生懸命勉強して、こうやって先生という職業を通して素晴らしい人生を歩むことができた。そうして母の思惑通りにお金に困らない生活もできた。何よりこの年になってマラソンができるのも、そういう元気な体に産んでくれた母のおかげなのだと思う。

母はごいさんの前ではいつも緊張しているように見える。母にはつい甘えてしまい、ちょっとしたことで怒ったような顔を見せてしまう。本当にそんな気持ちは無いんだ。いつまでも母さんの子供だからいつまでも母さんの方が偉いって、いつも思っているよ。

たまに会うと本当によく話す。それまでのことを、ゲートボールの仲間のことや病院での話とかね。ほとんど一人で喋っている。昨日もそうだったね。周りでは仲間が亡くなることが時々あって心細くもなっているのだろうと思う。動けない体になったら迷惑をかけるからと毎日5,000歩以上歩いている。「寝込まないでボケないでコロッと死にたい」とよく言っている。本当に昔からの気丈さは変わっていない。いかにも母らしい強さだ。なんだか切なくなったけど、やっぱりまだまだ元気でいてほしい。

今日はまん丸のデコレーションケーキを買って持って行った。ショートケーキは何回かあるが、まあるいケーキを母のために買ってあげたのは初めてだ。せっかくだから蝋燭に火をつけて吹き消してもらった。その子供のような母を見て、なんだか幸せな気持ちになった。

母が長生きしてくれているおかげで、ごいさんもたくさん親孝行ができる。ありがとう。まだまだ長生きしてよ。

 

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