09の仲間と總持寺の見学

一昨日、09の仲間と共に總持寺とキリンビアビレッジに行ってきた。09の仲間とは、ごいさんが最後に担任を受け持った時に一緒に学年を組んだ先生たちである。それから4年が過ぎたが今でも春、夏、秋と年に3回ほど集まりを持っている。こういう見学会や旅行を企画してくれるのは社会の先生だったS野さん。A川さんとK子さんは仕事のため欠席。

總持寺京浜東北線鶴見駅から徒歩約10分のところにある。三門を入ると、けん騒な駅前から一転して静寂な世界が広がる。總持寺永平寺と並ぶ曹洞宗大本山なのだが、永平寺とはその環境がまるで違う。もともとは能登にあったのだが、火災で焼失した後にここに移転してきたのだという。f:id:goisan:20160729125021j:plain

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12時40分に境内の香積台(こうしゃくだい)というところで、T金さん、S野さん、S本さんと待ち合わせる。受付をして、しばらくして修行僧のお坊さん2人が現れた。お寺の中を案内してくれるのだ。外はカンカン照りで相当に暑いのだが、建物の中はひんやりしている。涼しい風が抜けていくさまが、いかにも夏のお寺といった感じだ。

まずは有名な百間廊下を歩く。今は修繕の関係で百間に少しばかり足りないという。毎日雑巾がけをしているから、すべすべ、ぴかぴかだ。ちなみにお坊さんは、お互いの袈裟が触れ合わないようにということで左側通行なのだそうだ。f:id:goisan:20160729133142j:plain

遠くに佛殿を見る。中には入れないが、窓があって中が見られるようになっている。f:id:goisan:20160729133254j:plain

それから修行僧の道場となっている大僧堂。ここで、修行僧の朝夕の座禅、食事、睡眠が行われる。f:id:goisan:20160729133803j:plain

千畳敷で広々とした大祖堂。寝てみたい衝動に駆られるけど先は立入禁止。f:id:goisan:20160729140205j:plain

紫雲臺(しうんたい)の襖に描かれていた龍の絵はなかなかの見応えがあった。それと東郷平八郎直筆の額も飾られていた。f:id:goisan:20160729141427j:plain

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これから入山する人たちはこの待鳳館(たいほうかん)の前で許可が出るまで待たなければならない。案内してくれたお坊さんの一人は2月入山だったのだが、寒い中を2時間ほど待ったという。f:id:goisan:20160729141804j:plain

1時間ほどで1周し香積台に戻って来る。最後に、日本一大きいと言われる大黒様にご挨拶。案内してくれたお坊さんはとても親しみやすく、質問すればいくらでも答えてくれる。短い時間だったが、大いに勉強になった。f:id:goisan:20160729142209j:plain

次のキリンビアビレッジの一番搾りの体感ツアーで、T岩さんとM井さんが合流。もちろんみんなのお目当ては3杯まで飲めるという試飲。今日のガイドさんは外国の方のようだったが、日本語が流暢でしかも時にみんなを笑わせながらの話し方も大変上手でとても感激した。約50分の説明が思ったよりも早く感じたのもそのせいだろう。そして、試飲はもちろん出来立ての一番搾り。やはり期待通りの美味しさだった。

次回のこの会の集まりは、いつものように11月下旬の茅ケ崎メンチのお店「なんどき牧場」でということになった。S本さんの教え子のお店で、たびたびで申し訳ない気もするけどどうぞよろしくお願いします。全員揃うといいな。

 

サッカー部の思い出

前回の記事でサッカー部の顧問をしていたと書いたところ少しばかり声があったので、ついては自分の高校時代のサッカー部のことをまとめておくことにした。

当時は、東京オリンピックで強豪アルゼンチンを破ったもののまだまだ知られていないスポーツだった。世間では野球が大人気だったし、学校ではバレーボールやバスケットボールの方が持てはやされていた。それでも入部希望者は多く、ごいさんの時も50人近くはいた。ただ中学校での経験者はまだ少なく、ごいさんも含めてほとんどが素人。そうは言っても運動部の経験者は多く、みんな見るからに俊敏でスポーツマンタイプばかりだった。

夏休み前までは毎日が球拾いとランニングだけ。練習が終わった後でようやくみんなとボールを蹴り出す。練習というより遊びに近い。ナイターがあったので8時ぐらいまでボールを蹴って、それから教室でひとしきり盛り上がって帰るという毎日だった。

そして初めての合宿。これまたひたすらに走る。OBも毎日のようにしごきにやってくる。初日に銭湯に行って体重を測ったらなんと一気に5キロも減っていた。練習の厳しさが皆さんに伝わるかしら。銭湯帰りに高台のベンチに腰掛けて、グラウンドや夜空を見ながらみんなでいろんな話をしたのも思い出だ。生意気に自衛隊の是非を論じたりした記憶もある。

2年生になって新チームとしての初めての試合。その時はまだ同学年の仲間だけで20人ほどいたから、自分が先発メンバーに選ばれた時はびっくりした。ポジションは左サイドのハーフバック。今で言えばボランチというポジション。もちろん嬉しかったけど、半信半疑だったね。ここでレギュラーになれなかった子たちが何人か抜けて最終的な14人が残った。

苦しい練習を乗り越えてきたせいか、みんな仲が良い。レギュラーもサブもない。練習でも試合会場でも、そこに行くまでの電車の中でも笑い声が絶えなかった。みんな優秀でいろんな情報も持っていた。実に個性的で魅力のある集団だったと思う。

引退試合横浜市民選手権の準決勝だった。対戦校は練習試合で勝っている相手だ。そしてこれに勝てば三ツ沢球技場の芝生のグラウンドでの決勝戦となる。ところが開始早々のいきなりの2失点でみんなが動揺する。1点を返すもまた1点を失う。最後に1点を取ったところでタイムアップ。勝つつもりでいたから、ただ茫然とするしかなかった。

高校時代の思い出はサッカーに尽きる。毎日ボールを蹴ってはいろんな話をした。部活の休みの日にもみんなでつるんで遊びに出かけた。大学時代も付き合いは続く。みんなで集まっては酒を飲み、マージャンもした。酒が強くなったのも彼らのおかげ。何度も飲み潰れ、その度に多大な迷惑をかけた。本当の友達だったから許してくれたのだと思っている。

高校を卒業して40年以上たっても、会えばその瞬間に高校時代にタイムスリップ。あの頃みたいに、話が尽きることはない。もちろん見かけは立派なお爺さんですが。

 

40年ほど前、横浜国大グラウンドにて。みんな若い!f:id:goisan:20160727192031p:plain

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夏休み、始まる

ごいさんの勤務している学校は、今日から夏休みに入った。2学期制の学校なのでまだ学期の終わりではないから通知表は手渡されない。自分たちを振り返ってみると少し不思議な感はある。夏休み明けに学期末の試験があるので、生徒もそうのんびりと遊んでもいられない。授業時間が3学期制より多く確保できるからということなのだが、この2学期制はどうも日本の風土には馴染まないように感じている。実際、3学期制に戻した学校もいくつかあるようだ。成績処理の煩わしさが1回少なくなるというのは、先生たちにとっては助かるんだけど。

最近はどの学校も夏休みが短くなっている。8月の最後の週あたりから始まるところがほとんどだ。ごいさんの学校はなんと8月22日からで、夏休みは正味4週間しかない。昔は夏休みと言えば6週間あった。長い夏休みをたっぷりと遊んで、そして終りが近づくにつれて宿題を終えていないという焦りを覚えながら行く夏を惜しんだものだ。

今はほとんどの学校にエアコンが入っているから、学校に来てしまえば涼しい環境で勉強ができるというわけだ。汗を流しながら、寒さに震えながらとかは今のご時世にはあまり関係なくなったようだ。昔は9月1日に一斉に2学期が始まったものだが、今は学校によってまちまち。授業を受けている子もいればまだ夏休み中の子もいる。少しばかり変な感じだね。

生徒が夏休みだからといって、先生も一緒に夏休みというのではない。平日はあくまで出勤日である。ただ先生によって夏休みの使い方の差はかなり大きい。部活指導に燃えている先生たちは、土曜日曜も含めて休む暇がほとんどない。学校のある時は会議だとかグループの仕事で生徒の練習を見てあげることができないから、ここぞとばかりに力を入れる。4泊程度の合宿にも付き添う。

そうでない先生たちは、ここである程度の年休を消化しようとする。学校のある時は、生徒の対応に追われる毎日だ。昼休みであろうと放課後であろうと用事があれば職員室にやって来る。食事中でもやりかけの仕事があっても生徒優先だ。信頼関係もあるから、ちょこちょこ休んでいるわけにはいかない。特に担任の先生は、保護者との関係もあるからなおさらだ。そこで夏休みで生徒のいないこの時に年休のまとめ取りをするわけだ。先生たちだって、家族サービスや家事の仕事は大事なことだからね。

ごいさんも採用されてから50歳まではずっとサッカー部の顧問で、毎日のように出かけていた。夏休み中に1度ぐらい家族を海水浴に連れていくのがやっとだった。あの頃は完全に家族のことは後回しだった。

昨日は夏休み前の最後の授業だった。その終りに、「夏休み明け、元気に会いましょう」と挨拶した。2年前の記事にも書いたが、その時の夏休みに教え子を亡くしている。よく知っている子だっただけに大きなショックを受けた。ありきたりの言葉だけど、どうしても言っておきたかった。ポケモンGOも上陸したようで、歩きスマホも心配だなあ。

 

暑さに負けないで!f:id:goisan:20160723150644j:plain

 

朝ランと呑兵衛旅行打合せ

一昨日は、朝のランニングに挑戦した。本当は夜の方がまだいいのだけど、この日は夏休み呑兵衛旅行の打合せが藤沢で予定されていた。それじゃあ無理することもないだろうと思われるかもしれないが、この日は走ると決めていた。これだけ走っていても、未だに走るのは好きになれないでいる。だから走ると決めないと走る気になれないし、一度決めたら絶対に走ると決めている。そうしないと簡単に易きに流れてしまうのが自分の性分なのだ。それに今日は美味しく酒を飲むためにも走っておくのがいいと自分に言い聞かせる。

大見得は切ったものの、決して自慢できるほどの根性はない。5時少し前に起床して、だらだらぐずぐずと着替える。ウォーミングアップをして走り出したのはすでに5時半近く。だいぶ明るくなっていて、すでに十分に暑い。この段階で、気持ちはかなり沈んでいる。1時間も走ると、シャツも短パンも汗でびっしょり。それに帽子からも汗がボタボタと落ちてくる。

帽子を被りサングラスをかけ、耳にはウォークマン。ちょっと見にはいっぱしのランナーに見えるかもしれない。それでもって横浜の街中やみなとみらいを颯爽と走れたら……いいんだけど。時間が過ぎ暑くなるにつれて気持ちはどんどん凹んでいく。それでも2時間近くをかけてどうにか17キロの朝ランを終える。2日前の皇居ランの疲れもあって足が重かった。いつもなら時間の経過とともにペースは上がるのだけど。まあ、やり切ったということで満足しておこう。

呑兵衛仲間とは、夕方5時半に藤沢駅で待ち合せ。4月のお花見以来だから3ヶ月ぶりに会う。早めに着いたので江ノ電の駅あたりをブラブラしていたら、ちょうど電車が入ってきた。それを見たら、江ノ電の運転手をしていた中学の友人の顔がふと浮かんだ。仲間と一緒によく遊びこの藤沢でもよく飲んだけど、その友人が亡くなってもうだいぶ経つ。

さて、今年の呑兵衛旅行は福島県。今まで、青森、岩手、秋田、山形、石川(能登)、福井、京都(城崎、天橋立)と巡ってきた。美味しい地酒を求めてというのがこの旅の目的。みんな日本酒大好きのお爺さんたちなのだ。計画は、まもなく70歳の誕生日を迎えるM橋さんが立てる。かなり緻密な人で、細部までしっかりと作り上げる。宿や切符の手配はもちろん、現地ではレンタカーの運転手まで務めてくれる。ありがたい存在なのです。

考えてみるとこのメンバーも不思議な繋がりのように思う。共通点って、呑兵衛ってことぐらい。仲が良いと言えるのか言えないのか、これも判然としない。でもなぜかみんな離れたがらない。旅の最後には、さて来年はどこに行こうかという話になる。束縛感はないけど仲間意識はある。ほどほどの距離感がいい関係を作っているのかしら。

さあ、8年目を迎えた呑兵衛旅行がいよいよ近づいてきた。今年は福島でどんなことに出会えるか。大いに楽しみとするところだ。大内宿、五色沼喜多方ラーメンもいいね。

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ラン仲間と皇居を走る

昨日はラン仲間との久しぶりの練習会で皇居を走ってきた。メンバーは、ごいさんと同い年のA美さん、3つ下のS田さん、それに5つ下のY村さんだ。奥さんにホノルルマラソンを走るところを見せたいというS田さんの思いにお付き合いして2人で走り始めたところに、経験豊富なA美さんが加わった。そしてその1年後にY村さんが加わって今のメンバーとなった。みんな数学の先生で共通点も多く、集まれば和気あいあいとまるで若者のようなノリだ。みんな知識も経験も豊富で、話していて飽きることはない。

この4人で走る時は、ランステーションとして、神田神保町にある「さくらホテル」を使う。使用料は1回550円。都心の真ん中にあって1泊3,000円程度ということもあり、海外からのお客さんがけっこう利用しているようだ。1階にカフェがありここで海外の人と交流ができるかもということでごいさんが利用してみたのがきっかけだ。ここから5~6分歩くと、皇居の竹橋のところに出る。

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自分は午前中にテニスの練習会があったので、1時間ほど遅れての参加となった。1周を回り終えたところで、一休みしているS田さんとY村さんに遭遇。S田さんは2周、Y村さんは3周を終えたところで、A美さんは3周目を回っているという。今日のごいさんは1時間遅れということもあり目標は3周(15キロ)。終りの目安は4時30分ということなので少しばかりペースを上げる。

天候は曇りだがかなりの蒸し暑さで、走り出すとすぐにシャツも短パンも汗でびしょびしょになった。土曜日ということもあってか、走っている人がとても多い。黙々と走る人、会話を楽しみながら走る人。みんなそれぞれの思いで走っているのがいいね。

2周目を終えようとするところで3周目を終えようとするA美さんに追いついた。ここずっと不調だったA美さん、最近はジム通いもして少しずつ調子を取り戻しつつあるようだ。さあ、残り1周になった。さらにタイムを上げて終わりたい。2周目も無理をしてきたのでけっこうきついけど、ここでもう一頑張りできるかが今日の大事なポイントと考えた。残り5キロなんてちょろいもん……さ。

ということで、今日の結果は、1周目がキロ5分21秒のペース、2周目がキロ5分4秒、最後の1周がキロ4分58秒と概ね目標達成。走り始めは体が重かったけど、この蒸し暑さの中、少しは頑張れたように思う。やっぱり一人で走るより仲間がいると気合いの入り方が違ってくるね。終わった後の仲間と飲むビールもまた格別。

さて、この2週間は函館マラソンの疲れをずっと引きずっていたような感じだったけど、これで少しは気分が上向くかしら。甲子園予選も盛り上がって、いよいよ夏本番という感じになってきた。ごいさんの学校もあと1週間で夏休みに入る。夏休みという響き、この年になってもなんかわくわくする。今は毎日が休みみたいなもんなのに、可笑しいね。

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平塚七夕まつり

昨日の選挙は、与党の圧倒的勝利だった。これで憲法改正論議も一段と深刻さを増した感がある。公明党の組織票はある程度分かるけど、何故もあんなに自民党に票が入るのか不思議でならない。確かに野党の力不足は分かるが、あれだけ片寄るのは怖い気がする。改めて、これからの成り行きを注視していくことが国民の責務であることを強く意識した。


さて昨日は投票を済ませた後に、平塚の七夕まつりを見に行ってきた。神奈川に住んで50年以上も経つのに、実際に見に来るのは初めてなのだ。自分が高校生の頃は、7月の平塚七夕、8月の仙台七夕とよく比較されて、全国的にも有名だったように思うのだが、最近は昔に比べて規模がだいぶ小さくなったようだ。東日本大震災の影響や商店街の縮小化の問題があるらしい。その高校生の時は、いつも期末試験とぶつかっていた。好きな女の子と歩くのを夢見たりもしていたのだけど。

それにしてもすごい数の人だ。昔はこんな人混みの中でも平気で歩いたけど、今はものすごく疲れる。露店で何かを買って食べようという気にもならない。七夕飾りを見ながらただただ流されていくという感じ。では、みなさんもご一緒に流されていきましょうか。ただ、どうも出口の方から入ってしまったようで、上流に向かっていくという感じです。

手作り感がいい。これは幼稚園の子たちが作ったのかしら。f:id:goisan:20160710160256j:plain

 

あちこちに熊本応援の飾りが目立った。f:id:goisan:20160710160356j:plain

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肩車してもらっている子、けっこういた。こういうのって思い出に残るんだよね。f:id:goisan:20160710160524j:plain

 

アンパンマンは、み~んなが大好き。f:id:goisan:20160710160546j:plain

 

短冊がたくさん吊るされていた。家族の健康を願うのが一番多かったかな。小さい子の勉強ができますようにというのは確かに現実味がある。本当は、「~ますように。」と書くのはNGなのだそうだ。「~になる。」と断言する書き方の方が願い事は叶うらしいよ。

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まさに豪華絢爛。ライトアップされたらますます綺麗なんでしょうね。f:id:goisan:20160710160757j:plain

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真田丸も登場。それにイチローも。

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そしてこれが本当は入り口だったんですよね。

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ライトアップも見たかったけど、少々疲れてしまったので早々に引き上げることにした。

マラソンと同じで、ここにもたくさんの裏方さんがいるんですね。おかげで、楽しく七夕まつりを見せていただきました。ありがとうございました。

 

函館マラソン ~ 観光編その2 ~

函館も最終日。飛行機は最終便なので、今日は定期観光バスに乗ってみることにした。お客さんは10名ほど。アットホーム過ぎて申し訳ない感じ。

最初に訪れたのはトラピスト修道院。修道院に続く並木道は「ローマへの道」と呼ばれているそうだ。お馴染みのクッキーとバター飴も購入。

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次に新函館北斗駅。今や観光名所になっていて、休日ともなると各地からの訪問者で駐車場はいっぱいだそうだ。駅の裏側にある田んぼアート。描かれているのは「ずーしーほっきー」というご当地のゆるキャラ。北海道も近くなったもんだね。

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新幹線開業に合わせて作られたというきじひき高原の展望台からの眺め。写真は、大沼と小沼、それに函館山。牛さんたちもたくさん放牧されていた。

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大沼公園では駒ヶ岳の美しい姿がくっきり。山川牧場の牛乳も美味しかった。

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続いて、しかべ間欠泉公園の間欠泉。約10分の間隔で、100度の温泉を15メートルの高さにまで噴き上げる。

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函館駅に戻る途中であの「ともえ大橋」を通過。

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お土産を買って早めに空港に向かう。搭乗を待っていると、出発15分前に放送が入った。いよいよかと立ち上がったところで聞こえてきたのは、「羽田からの便が霧のため着陸できず千歳空港に向かったので、帰りの便は欠航。」という内容だった。

空港にも居られないというので、明日の便への手続きを行って、函館駅に戻ってきた。すでに夜の9時を回ってどこのホテルもいっぱいのよう。素泊まりで9,000円の部屋というのはあったが、結局は海岸沿いのファミレスで凌ごうと考えた。しかし残念ながらそこも2時までの営業。

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6時からは谷地頭温泉が開くから、それまでをどう過ごすか。見知らぬ街で真夜中の散歩も悪くはないかとポジティブに考えて、駅に向かってのんびり歩くことにした。駅が近くなって、土方歳三の終焉の地があるのを思い出した。こんな形で出会うことに不思議な縁を感じた。

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温泉は気持ち良かった。内風呂が3つに露天風呂、サウナもあって420円はお得。鉄分のせいでお湯が赤茶けていて、いかにも効能がありそうだ。外は相変わらず霧が立ち込めている。函館山のロープウェイのロープが途中で消えているのが不思議な光景だった。帰りの飛行機は飛べるのだろうかと不安が募る。

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すでに観光しようという気持ちは失せていたから早めに空港に行くことにした。空港に着くと同時に全日空の便が千歳に回ったという放送が入った。滑走路は依然として霧で見え隠れを繰り返している。搭乗便の到着予定の午後2時に、霧のため上空で待機しているという放送が入る。着陸できない場合は羽田に戻るか千歳に回るという。2時30分に依然上空を旋回中という放送があり、それから少しして着陸態勢に入ったという放送が入る。乗客たちからは歓声が起きる。後から聞いたのだがこの時が3度目の挑戦だったようだ。

最後にはハラハラドキドキのおまけ付き。いよいよ函館山とお別れだ。何はともあれハッピーエンド。函館の皆さん、ありがとうございました。函館の町の復活、心より祈っています。

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